空気を読むという情報リテラシー

東日本大震災後の2週間 色々なことが手に付かず とにかく出来るだけ多くの時間ネットにつながって 自分なりの情報収集をしていた

この間 地震の被害だけでも未曾有の規模であるにもかかわらず さらに 福島第一原発の事故によるパニックが重なる

相変わらず、どれを見ても同じ事しか流さないTV、新聞 不安を煽るしか脳のない雑誌 まことしやかなデマがチェーンメールやSNSを介して広がり 被災地の有様を横目に 首都圏では買い占めや疎開騒ぎが起きている 地方都市金沢でもこの影響は色濃い

私はこの 買い占め騒ぎのおそらく中心ではないかと思われる 首都圏の主婦達の 情報リテラシーということについて考えていた

そんなときに職場で話題に上ったのが 数十年前のオイルショック時の買い占め騒動

ママチャリに子供を乗せてトイレットペーパーを買いに疾走した かつての「ママ」たちは既に60代 そこでパート仲間の60代婦人たちの話に耳を傾けてみた

するとAさんは 友人からの電話で、売り切れるから早く買いに行けと言われ 慌てて幼子を自転車にくっつけて買い物に走った この時買いに行っていなかったらトイレットペーパーなしの数日(あるいは数週間?)を過ごす羽目になっただろう と言う

しかしBさんは 同じように友達から電話が来たけど慌てず様子を見ていたところ 実害が起こる前に売り場には商品が戻り 結局何事もなく過ごしたという

私自身の記憶でも 当時の買い占め騒ぎはTVのニュース映像でだけ見た、 別世界の話である ということは、私の母親には パニックを誘発するような「友人」からの情報が入ってこなかったのか? あるいは 夫である亡き父が「踊らされるな」とでも言ったのか? とにかく 我が家とその周辺の地域では大きな「パニック」は起こらなかったように思う

今回の場合は 「放射能」という見えない敵が相手だけに 不安になるのも無理はないのだが ここで興味深いのは 共通の不安を抱えた時の「ママ」たちの、或いは「女性」たちの 情報リテラシーというものについてだ

インターネットが普及し 今や60代でもメールをやらない人は珍しいぐらいの時代 2〜30代のママたちのほとんどは 幼稚園・保育園・小学校などで知り合う「ママ友」ネットワークを持ってるらしい そして彼女たちのほとんどが、メールやブログやSNSを利用しているだろう しかし今回の騒ぎを見ていると 前時代のオイルショックの時とどこが違うんだろう?という疑問が湧く

私自身は、前述の通り […]

米軍て、スゴいな

日本が被った未曾有の災害に対する各国の支援には 素直に感謝と感動を覚える

これだけの支援があれば 日本人はきっとまた立ち上がれる そんな気持ちにさせられる

それにしても アメリカ軍のというときの 装備のすごさ 軍の機敏さにはビックリした

知ってたつもりになってた自分が恥ずかしい

巨大な空母や揚陸艦による海からの物資補給 仙台空港の復旧物資を運んだ力技など 日本の自衛隊にはない装備ばかりなんじゃないのかな

まぁ無くて当たり前と言えばそうだし

アメリカの陰謀でこんなトンチキな装備しか持てない てな話も耳にするけど

それでもとにかく 今現在、各国の支援の中でも 断トツにアメリカという国に助けられてることは確かな気がする

米軍はスゴい アメリカ政府の決断力はスゴい

それを思うと 福島原発に対する日本政府の分析力、決断力の無さには ガッカリもいいとこだ もうこれ以上この問題を長引かせちゃイケない 菅さんカリスマを発揮しろよ〜〜〜

と思ってたら 仙石復帰って・・・・ 呆れて開いた口がふさがらないよ

初めて知ったHibのこと

昨日からTVで盛んに流れている 「ヒブワクチン」や「小児用の肺炎球菌ワクチン」を接種した乳幼児死亡のニュースが気になってGoogle検索。

ヒブワクチンと乳幼児の細菌性髄膜炎について わかりやすく解説してくれている記事を発見。 〜ヒブワクチン〜

これを読むと細菌性髄膜炎の怖さがよく解る 生後9ヶ月ごろをピークに5歳までの子供が発症しやすいらしい 乳幼児の約2000人に1人が発症し 死亡率5% 後遺症率30% というから恐ろしいのだが これを高確率で防いでくれるのが 「ヒブワクチン」の接種

このワクチンがやっと発売されたのが2008年。 さすが「ワクチン後進国ニッポン」

子供達の死亡報告を受けて 一時ストップされているこの2種類のワクチン接種だが ストップしている間にも発症する子供がいるかもしれないと思うと複雑だ

因みに Hib=インフルエンザ菌b型 Haemophilis influenzae typeb インフルエンザとついてはいるが 毎年流行するウイルス性のインフルエンザとは関係ないらしい 非常に紛らわしい

それにしても この病気のことを知らないで子育てできた私は 幸運だったと思う