ローマ法王の休日

10日ほど前に
シネモンドで「ローマ法王の休日」(原題はHabemus Papam)を観てきた。

私にとってのローマ法王とは・・・
塩野七生さんの書かれた『チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷』のイメージ。
しかない。
カトリックで枢機卿まで上り詰めた人たちが
コンクラーヴェに臨んで
「神様、一生のお願いです。どうか私が選ばれませんようにー。」
なんてお祈りしたりするってこと、ある訳ーーー?!

という驚きから始まって
枢機卿のおじいちゃんたちの美しいレースの衣装にうっとりしたり、
ローマ市内に現存する歴史的建造物に感動したり、
ローマ近郊にあるという庭園”ヴィラ・ランテ”に見とれたり、
さらに
就任演説から逃げ出してしまった法王のせいで缶詰状態の枢機卿たちを描いたユーモラスな演出の数々にはクスリとさせられもする。

そしてそれよりも印象に残っているのは

演説を放棄してしまった新法王が吐く台詞。
「法王になったとたんに、これまでの過去の全てが消えてしまった」
「どこで生まれてどう育ってどんな人々に会ったのか、何もかも無くなってしまったんだ」
確か、こんな感じの字幕だったと思うんだけど・・・

ここがこの映画の肝かなぁと思いつつその後の新法王逃避行を見ていった訳だが・・・

逃げ出した新法王が街の人々との触れ合いを通し、
人生や信仰心や”法王”とは何かを見つめ直し、
失ったものを取り戻していく
筈。

と思っていたら?!
みたいな意外なラストが待っている。

もし私がカトリック教徒だったら、と想像してこのラストを思い出すと、正直ちょっとキツい。かも。
カトリック教徒11億人はこのラストをどう見るのだろうか???

おまけ

ヤマザキマリさんのイラストがパンフに載ってます。
これ、いいな。

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