グスコーブドリの伝記

グスコーブドリの伝記

公開と同時に見に行きましたが、
自分の中にストンと落ちた気がしたのは、
その夜の夕食時に夫にこの映画の話をしているときでした。

私の映画評なんかには滅多に興味を示さない夫が、
何故か・・・、
この宮沢賢治作品のことを語っている私には付き合ってくれたんですねぇ。
ふふふ。(アホか→自分)

青森県出身の夫が小学生時代に授業で教わった「宮沢賢治」の印象は、
関西生まれの私とは全く違ってた。
岩手やその周辺の県では「宮沢賢治」はもっと違った意味を持った人物だった。
とでも言うのでしょうか・・・

東北の厳しい自然の中から
必然のように生まれた賢治と
その奇跡の文学作品の数々を
東北の人々は大切に子供たちに伝承していたんですねぇ。
しみじみ・・・(-_-)

何故この世に生まれてきて、今、生きているのは何のためなのか?

病や老いで死を間近に感じた人間のうちどれだけの人が
「人間は考える葦である」
なんて達観できるのだろうか・・・

いやいや
そもそも「考える」ってとこが問題なわけで・・・

この作品は
とても、よく、宮沢賢治の世界を、良心的に、献身的に描いているかもしれない。

グスコーブドリの妹ネリを連れ去る
「コトリ」とは何者なのか?
作品の進行とともに、その疑問の答えが輪郭を表し、胸を締め付ける。

「ボクにも、できることがきっとある」

この台詞は、
あまりにも悲しく、
けれども、救いに満ちている。

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